正月早々、【偏差値95「京大首席合格者」が指摘するダメな読書法】なる見出しの宣伝ツイートを見かけた。
元ツイート自体は昨年11月28日のものであるが、私がフォローしている誰かのタイムラインから流れて来て、昨日夜、私の目に留まった。
これを見て「ん?」と思ったので、ちょっと考えてみた。
折しも、もうすぐ現行制度では最後となるセンター試験の時期であり、全く関係無い話題というわけでもないし。
ともかく、答えは「全体の約294,000分の1(3.4×10のマイナス6乗)」。
つまり、「偏差値95」以上などという人間は、全体の約30万分の1しかいない、という事になる。
つまり、「偏差値95」以上などという人間は、全体の約30万分の1しかいない、という事になる。
いわゆる「センター試験」の受験者数はここ数年だいたい55万人~60万人弱ぐらいだから、
受験浪人などの場合を棚上げにして考えると、
「偏差値95」以上の者は同年齢の受験生の中に1人か2人しかいない事になる。
それぐらい図抜けた成績の持ち主なら、 「京大首席合格」というのは有り得ない話ではない。
「偏差値95」以上の者は同年齢の受験生の中に1人か2人しかいない事になる。
それぐらい図抜けた成績の持ち主なら、 「京大首席合格」というのは有り得ない話ではない。
しかし、である。
件の「京大首席合格者」にとって「ダメではない」読書法とは、
果たして偏差値50前後の大多数にとって実践可能な方法であろうか?
憶測でしかないが、おそらく大多数が挫折するような代物ではなかろうか?(※)
「できる人にとっての常識はできない人にとっての非常識」という話は
「あるある」な話である。
その危惧を承知の上で試すのなら、それはそれで一興というものだろう。
私は、自分に合ったやり方で読書したい。
※疑念に対する付記:件の「京大首席合格者」が説く方法は、一応、まっとうで当たり前の方法であるようだ。
しかしながら、往々にして「当たり前」の事が意外と難しいのもまた事実。
「当たり前」を実践できてない人は
金を払ってでも実践できるようにしたいならそうするべきだし、
金を払うまでもないと考えるなら、その考えに沿うのもまた一つの選択。