前回、その語義については自明であるかのように使った
『グローバリズム(Globalism;全世界主義、あるいは、地球統一主義)』という言葉であるが、多少の語弊を黙認してざっくり言ってしまえば、
『地球全体をある特定の形式の経済思想で統一してしまおうとする主義』であると
言えるだろう。
すると、「単なる統制経済や国際共産主義あるいは全体主義とどこが違うのか?」という話になるが、最も大きな違いは
「市場に大きな自由度を認めるか否か?」という事になろう。
『ある特定の形式の経済思想』の箇所には色々な経済思想を当てはめる事ができるが、
通常、現代において『資本主義(Capitalism)』と呼ばれる経済思想を当てはめる場合が多い。
資本主義とは、これまた多少の語弊を黙認してざっくり言ってしまえば、
『個人の財産私有を認め、市場に大きな自由度を認める、経済思想』と言えよう。
資本主義と真反対の経済主義が共産主義であり、それは
『個人の財産私有を認めず、市場に大きな自由度を認めない、経済思想』である。
前回の小見出しでも述べた通り、共産主義が大失敗に終わったという結論は自明であり、それは歴史が疑問の余地無く証明している。
この致命的な弱点に対し、どのような対策を取れば良いのだろうか?
言い換えるならば、
「隠蔽体質ゆえに世界経済が機能不全に陥る元凶となる、潜在的リスクの高い国に対し、どうやって牽制すれば、あるいはどうやって制裁を下せば良いというのだろうか?」
中共と敵対するアメリカに「長いものに巻かれろ」とばかりに迎合する?
国連等の『国際機関』に期待する?
どちらも上手く行くとは思えない。
しかし、だからと言ってアメリカが正しい道を踏み外そうとした時に「Tomodachi」として牽制できる影響力を持たなかったり、時には異を唱える気概と筋の通ったぶれない主義主張を持たなかったりするのであれば、イラク戦争の時と同じ様に非難の的となり、作らずに済んだ敵を作る事になるであろう。
――ありもしない大量破壊兵器を口実にアメリカがフセイン政権下のイラクを滅ぼし、日本がそんなアメリカの腰巾着と化したのが、イラク戦争であった。
国連のごとき『国際機関』に期待するのは、アメリカの腰巾着と化すのと同じくらい悪手である。
そもそもアレをまっとうな『国際機関』と認めて良いものかどうか。
アレは第2次世界大戦における戦勝国の『戦勝国クラブ』に過ぎない。
そして、中共が台湾から常任理事国の席を簒奪して以降は、『核大国クラブ』に堕してしまっている。
国連発足時には中共は存在しなかったのだから、そもそも中共が戦勝国ヅラして常任理事国の席に居座っている事自体、可笑しい!
また、国連発足時の常任理事国であったソ連はもう存在せず、空いた席にロシアがなしくずし的に居座っている事も、可笑しい!
常任理事国の『拒否権』のせいで、国連はこれまでどれだけ『国際機関』として役立たずであった事やら。
“United Nations”を『国際連合』と訳した事も後々まで禍根を残す誤訳であった。
元来、“United Nations”は第2次世界大戦における戦勝国の集まりを指す『連合国』を意味しているに過ぎない。
ただの「連合国」を「国際機関」と言い張るならば、もはや死文化した『敵国条項』を削除してからにして欲しいものだ。
いまだに日本を『敵国』扱いしている組織に分担金を延々貢ぎ続けるなど、愚の骨頂である。
とは言え、日本が“United Nations”から積極的に脱退すべきだとは思わない。
国際連盟脱退時と同様の悪いイメージを世界各国から持たれてしまい、その悪いイメージを、ここぞとばかりにロシアや中共が反日プロパガンダに利用する事が目に見えているからだ。
“United Nations”に対する影響力を維持するための「費用対効果という観点から見て必要最小限の」分担金を出しつつ、
『敵国条項の削除』に向けた活動を表裏問わず執拗に続ける方が、
現実的な得策というものだろう。
『中共が簒奪した常任理事国の席を台湾に返還させる』という流れを作れれば、尚良いのだが。
いかなる超大国も従わざるを得ない『世界政府』が近未来に実現する事は望み薄だからと言って、鎖国時代に逆戻りするのは、更に愚の骨頂だ。
――鎖国していた間に、欧米列強と比してどれだけ科学技術力と軍事力に大差が付いたかを指摘するだけで、充分だろう。
第2次世界大戦直前の様なブロック経済にも、賛同できない。
その様なブロック経済は『一方的に搾取される植民地』が無いと成立しないからだ。
現代の中共がチベット・ウイグル・アフリカなどを一方的に搾取する体制こそ、その様な『賛同できないブロック経済』の見本と言えよう。
結局、日本が安泰であるためには、
一、対する国ごとに異なるちょうど良い距離を保って他国とつきあい、
一、自ら戦端を開かぬよう厳に戒めつつも、
一、他国による自国の権利侵害を退けるに足る科学技術力・軍事力・経済力を持つ。
という3条件が満たされる事が必須条件となる。
日本以外の国にとっても、安泰であるためには、
一、対する国ごとに異なるちょうど良い距離を保って他国とつきあい、
一、自ら戦端を開かぬよう厳に戒めつつも、
一、他国による自国の権利侵害を退けるに足る科学技術力・軍事力・経済力を持つ。
という3条件が満たされる事が必須条件となる。
全ての国で先述の3条件が満たされ、均衡が成立した時のみ、今のグローバリズムよりいくらかマシなグローバリズムを実践できる。
――私はそう考える。
ここまで思いつくままに書いてみたが、少しばかりものを考える頭が有る者なら誰でも考えつきそうな程度の事しか書けてないようにも思える。
しかし前にも言った通り、私は考え事をなかなか止められない性分であるので、
この記事の続きを思いつきしだい吐き出そうと思う。
※補足(人や状況によっては「蛇足」とも言う):
「そもさん」「説破」というのは
禅問答でしばしば使われる言い回しであり、
問題を出す方が「~、そもさん」と言って問いかけ、
問題に答える方が「説破、~」と言って答えるのが、
お約束となっている。
「そもさん」は「……さあ、どう答える?」ぐらいの意味合いであり、
「説破」は「では答えてやろう」ぐらいの意味合いである。
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