私が海賊版に魅力を感じない理由

――時間がもったいない!                            

 違法に製造・複製された品――いわゆる海賊版――は後を絶たない。

 ブランド品の『スーパーコピー』と称する物を売り付けようとして迷惑メールをバラまくゴミクズどもは掃いて捨てるほどいるし、
違法複製された漫画を著作権料を払わずに公開していた『漫画村』が摘発されて閉鎖された後も、類似のWebサイトが現れている。
 違法複製された無数のゲームをタダもしくはタダ同然の不当に安い価格でプレイ可能にしてしまう、いわゆる『マジコン』はファミコン時代から有ったし、
CD・DVD・ブルーレイのコピーガードを外して複製可能にしてしまう『リッピングソフト』で複製された音楽や動画が著作権者に無断でYouTubeに公開される事例など、未だに時々見かける。

 著作権者に無断でネット上に公開された海賊版娯楽作品を、パソコン本体・外付けHDD等の外部記憶装置・Googleドライブ等のクラウドストレージサービスに密かに保存している者も相当数いるに違いない。
(※中には、ダークウェブ上に秘密のファイル保管領域を作っている様な者もいるかもしれない)

 何にしろ、大量の海賊版娯楽作品を保管しようとすればそれだけ大量の記憶領域を必要とする。
 情報通信技術に特別詳しいわけでもない一般人が安全・安価にその様な隠し場所を確保しようとしたら、やはりポケットサイズの外付けHDDが一番手っとり早いだろう。
 1万円も出せばポケットサイズで記憶容量2テラバイトのHDDが買える(2020年6月半ば時点)し、その外付けHDDの存在を所有者以外の誰も知らなければ、強奪されるおそれはもちろん、ネット越しに盗み見される心配も無い。
(存在がバレたら後は知らんが)

 2テラバイトのHDDには、50GBブルーレイディスクに記録された4時間分の映画が40本入る(画質をDVDレベルまで落とせば400本以上入る)。
 プレステ4用のゲームなら20本以上は入るだろう。
 漫画なら1冊分約100MBとして2万本分入るし、小説なら1冊分約2MBとして100万冊分入る。

 ……さて、これらの娯楽作品を消費し尽くすのにどれくらいの時間を要するだろう?

 上記の見積もり通りだとして、
映画なら1日2時間見たとして3ヶ月近く(画質がDVDレベルで良ければ、2年以上!)。
 プレステ4級のハードウェアを要するゲーム20本が全てRPGとかウォーシミュレーションとかだったら、1本約40時間・1日当たり2時間として1年以上。
(※レトロゲー、たとえば1タイトルがCD1枚の1/3以内に収まる程度の情報量(約250MB前後)を持つレトロゲーなら、2テラのHDDに約8000本入る。
 これはNPO法人ゲーム保存協会が保管するレトロゲーのタイトル総数に匹敵し、1本当たりのプレイ時間を40時間・1日当たりのプレイ時間を2時間とすると、遊び尽くすのに400年以上!)
 漫画を1冊30分で読み終わるとしたら2万冊読みつくすのに1万時間(1日当たり4時間なら約7年弱)。
 小説を1冊2時間で読み終わるとしたら100万冊読みつくすのに200万時間(1日当たり4時間なら約1,400年近く)。

 映画をブルーレイの画質で見る場合を除き、どれもこれも消費し尽くすのに年単位の時間を要する。
 漫画はまだともかく、レトロゲーと小説はどう考えても非現実的な数字になる。

 そりゃ、働かなくてもメシと風呂と快適な寝床の有る住居を確保できるなら、1日16時間ぐらいを充てて上記の分量の娯楽作品をもっと早く消費できるだろう。

 生憎だが、私はそうじゃない。働かなくては食べていけない身の上だ。

 前回の記事で書いた通り、生存のための時間を確保するのに1時間当たり【少なくとも】285円の原価を要する。
 働かなくても一生食べていける大金持ちでなければ、自分の生涯の時間の一部を『労働時間』として極力高く売る事によって、生存のためのお金を賄わざるを得ない。

 それに、たとえ働かなくても好きなだけお手頃な娯楽を貪れる環境を手に入れたとしても、お手頃な娯楽を湯水のごとく消費したところで満たされない欲求が有る。

 最近は、その手の「お手頃な娯楽では満たされない欲求」を満たすためにできる限りの時間を費やしたいと思っている。
 私がその手の欲求を満たすには、時間がいくら有っても足りない。

 そんな心境なので、上で述べた様な『海賊版がぎっしり詰まったHDD』がたとえ手元に有ったとしても、使う気になれない。

 要するに、『海賊版に時間を費やすなんてもったいない!』という心境なのだ。

 それ以前の問題として、海賊版の利用は著作権の侵害に加担する行為であり、決して褒められない、後ろめたい行為である。
 私は、そんな後ろめたいものには手を出したくない。

 また、私に著作権の有る作品を無断で使う事によって、誰かが私の利益を獲得する機会を奪っているとしたら、私はそいつを決して許さない。

 私の作品が私以外の誰かにとって素晴らしいかどうかはともかくとして、
私以外の誰かが素晴らしい作品で私を楽しませてくれるとしたら、それに対する妥当な対価を払わないのはその作品に対する冒涜以外の何物でもない、
と私は考えている。

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